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「モチイエ女子」、ありだと思う。

つい最近まで、女性がひとりで家をもつって
ごく少数派で、ちょっと変わってると思われていた。
マイホームをもつことは、家族の幸せと考えられていた。

いったい誰がそんなことを決めたんだろう。

女性が家をもつって、あんがいあたりまえじゃない?

そんな声が聞こえてきそうなほど、
今、ごくフツーの女子たちが、じぶんの家を買う時代になっています。

家というホームグラウンドを手に入れ、
これまで以上にパワフルに、イキイキと輝いてる「モチイエ女子」。

そんな新しい女性たちが増えれば、この国はもっともっと元気になるから。
なによりそんな未来が、素敵でおもしろそうに思うから。
私たちはこの「モチイエ女子project」を通し、
その生き方、あり!と宣言します。

モチイエ女子web

お知らせ

モチイエ女子webにて、エッセイなど多数寄稿いただきました 雨宮まみさんがご逝去されました。心からお悔やみを申し上げます。 感謝と哀悼の意を込めまして、これまでの雨宮さんの作品、およびご出演いただいたコンテンツは、このまま掲載させていただきます。 どうか、ご愛読いただけますと幸いです。

理想の部屋まで何マイル? MILE 24

一生ものって、どんなもの?

雑誌を読んでいると、センスのいい人の愛用品が公開されていることがある。もちろん気になるので、じーっと熟読してしまうのだが、よく出てくる定番品がある。母から譲り受けたパール、使い込まれたエルメスのケリー、バーキン、バーバリーのトレンチコート、シャネルのチェーンバッグ。
時代を超えて受け継がれる定番は少ないから、これまでの激動のファッション界を生き抜いてきた名品の登場率が高いのは当然かなぁ、と思う。確かにどれも、欲しくないかと言われれば、欲しい。バーキンなんて重そうだから嫌だなぁ、と思いつつ、日用品として使ったことがない自分にそんなことを言う資格はないのだし、そりゃあ使えるものなら使ってみたい。できれば足腰がヨレる前に! と開いたページの前で、血が沸き上がるような気持ちになったりもする。
ちなみにこういうページでは、「女の親族から受け継いだ」という背景のあるものは多いのに、「男にプレゼントされた」という品はあまり見かけることがない。男にもらった、というストーリーがサマになるのは、ジュエリーだけなのかもしれない。

高いお金を払うなら、できるだけそれが良い買い物だったと思いたい。お金に執着を持たない暮らしができればいちばんいいのだけれど、それも難しいから、後悔を減らしてゆくしかない。でも、これがなかなか、セオリー通りにはいかないものなのだ。
「黒や茶以外のバッグは、持っててもなかなか出番がないから」「柄ものは合わせづらいから」「エナメルの靴は痛くてどうせ履かなくなるから」……。自分の中での「失敗セオリー」はいくつもあるけれど、それに従って消去法でものを選んでいると、だんだん楽しくなくなってくる。
素敵だけど、こんなにカラフルな花柄は難しいかな、かわいいけど、こんな派手なピンクは服と合わせづらいかな、すごく今っぽいけど、来年は流行がすたれて着られなくなってるかな、気に入ったけど、小さすぎてものが全然入らないかな……。そうやって選んで残っていくものは、無難中の無難な品物ばかりで、結局「欲しい」と思った気持ちそのものが消えていくようなときがある。

理想の部屋まで何マイル? MILE 24

気に入って買ったものなら、大切に使いたい。いや、大切に使える自分でいたい。子や孫の代まで受け継がれるものを選ぶ目のある自分でいたい……。そんな気持ちは、もともと向上心から来るもののはずなのに、それが気づけば自分自身を息苦しくさせている。出来心で、そのときの気分の瞬発力で何かを選ぶのが、まるでいけないことのように感じたりする。そして、その買い物が失敗だったときには、大きな罪悪感に苛まれる。

けど、面白いことに、同性にほめられるものは、「定番っぽいもの」よりも、「明らかに危険な買い物」のほうだ。私の持ち物の中でいちばんほめられているのは、真っ赤なフリルつきの傘である。「すごい傘ですねぇ……」と絶句されたり苦笑されたりする回数もダントツで高いが、この傘をほめられるとき、少しだけ英雄をほめたたえるようなニュアンスが混じっているのを感じるときがある。大胆な買い物という冒険をした勇者を称えるような眼差しを感じるのだ。
「傘は、すぐどこかに忘れてしまうものだから、なかなかいいものを買う勇気が出ない」「派手な色のものを買っても、勇気が出なくて使えなかったことがある」と、その人の失敗セオリーを告白されるときもある。ああ、みんな、そういう失敗にとらわれているのだな、私だけじゃないんだな、と思う。傘については大胆になれたけれど、他の面で私はまだまだ小心者で、とらわれているからよく理解できる。

家の中のものになると、もっと「実用的かどうか」という面が大事になる。来客が多い家でない場合、あまり人に見せるのが前提でもないから、「人にどう見られるか」というのも、そんなに関係がない。
家に何を置くか、というのは、限りなく自分との対話に近くなってくる。自分は人目のないところで、どんなものに囲まれていたいのか、どんな生活を快適だと感じるのか、そもそも部屋にそんなにこだわりや関心があるのか、と考えてみても、私は即答できない。
失敗はしたくないけど、消去法で選んでいくのはつまらないなとか、無難なのが正解だとわかっているけど、たまには違うものが欲しいとか、自分らしくありたいけど、自分らしくないものに惹かれるとか、そういう矛盾が人間らしいと思うし、矛盾の中で生きている人のことを、かわいらしいと思う。

定番のものに囲まれて安心したい気持ちと、新しいものを取り入れたい気持ちは、矛盾ではなく、もともと、両方持っていて当たり前のものなのではないだろうか。
ものを大切にしたい気持ちはあるし、実際に長年使っているものもある。でも、飽きてしまうことも、気分を変えたくなることもある。年齢によって、好みが変わったりすることもある。部屋は自分が見るもの、居る場所であると同時に、自分の背景でもあるから、「似合うものが変わってゆく」こともある。
ものを捨てる、減らす、ということを、そういう転換期としてやってもいいし、増やして、入れ替えてもいいと思う。
失敗したくないあまり、たかがもののことで、冒険できない自分になってしまうのは、もったいないことだ。

細いピンヒールを履ける人に、憧れたことがある。真っ赤なバッグを持つ人に憧れたことがある。自分はそういうふうにはなれない、そういうものを選べたことがない、という小さな挫折感や劣等感を感じた。
でも、本当に「自分はそういうふうにはなれない」のだろうか。そこで、自分の小さい劣等感に負けて、卑屈になってしまうのが嫌で、私はよく買い物をしてきた。ピンヒールも、真っ赤なバッグも、今は持っている。高いものではないし、持ってみればなんということはなかった。「できない」から「できる」側になるのは、意外と簡単だった。克服すれば、たいしたことはない。ものを手に入れなくても克服できればそれが一番なのだけど、どうしても乗り越えられないのなら、ものの力を借りてみるのもいいし、それは決して、無駄な買い物なんかじゃないと思う。

この連載「理想の部屋まで何マイル?」が書籍化されました!
丁寧な暮らし、上質な暮らしのお手本が溢れ、自分もいつかは理想の部屋に住みたいと思う。でも、忙しくて疲れているから、潤沢なお金がないから、インテリアのセンスに自信がないから、「いつか」はなかなかやってこない――。長年1Kの賃貸に住む著者が、それでも自分なりの理想の部屋に近づこうと奮闘し、「ようこそ」と人を招ける部屋になるまで。「満足な暮らし」を目指すすべての人に贈る、等身大の暮らしエッセイ。モチイエ女子webで連載されたMILE20までのコラムに、1章分の書き下ろしと自宅写真を加え、全3章立てで書籍化されました。
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文=雨宮まみ

雨宮まみ

ライター。編集者を経てフリーのライターになり、女性としての自意識に向き合った自伝的エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)を上梓、「こじらせ女子」が2013年度の新語・流行語大賞にノミネートされる。 著書に、対談集『だって、女子だもん!!』(ポット出版)、『ずっと独身でいるつもり?』(ベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)など。

プロフィール写真=松沢寫眞事務所 / イラスト=網中いづる

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