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「モチイエ女子」、ありだと思う。

つい最近まで、女性がひとりで家をもつって
ごく少数派で、ちょっと変わってると思われていた。
マイホームをもつことは、家族の幸せと考えられていた。

いったい誰がそんなことを決めたんだろう。

女性が家をもつって、あんがいあたりまえじゃない?

そんな声が聞こえてきそうなほど、
今、ごくフツーの女子たちが、じぶんの家を買う時代になっています。

家というホームグラウンドを手に入れ、
これまで以上にパワフルに、イキイキと輝いてる「モチイエ女子」。

そんな新しい女性たちが増えれば、この国はもっともっと元気になるから。
なによりそんな未来が、素敵でおもしろそうに思うから。
私たちはこの「モチイエ女子project」を通し、
その生き方、あり!と宣言します。

モチイエ女子web

お知らせ

モチイエ女子webにて、エッセイなど多数寄稿いただきました 雨宮まみさんがご逝去されました。心からお悔やみを申し上げます。 感謝と哀悼の意を込めまして、これまでの雨宮さんの作品、およびご出演いただいたコンテンツは、このまま掲載させていただきます。 どうか、ご愛読いただけますと幸いです。

理想の部屋まで何マイル? MILE 10

人を招く

「人を呼べるような部屋にしたい」。それは、長年の私の願いだった。「別にどんな部屋でも呼べばいいじゃん」という声が聞こえてきそうだが、数人がくつろいで過ごせるスペースのない家というのは、ある。いろんなアラが隠せなくて、あまり見せたくない、という気持ちもある。人を招くことに慣れておらず、どうやってもてなせばいいのかわからない、というのもある。要するに私は長いこと「人を家に呼ぶのが苦手な人間」だった。

大きな理由のひとつは、部屋に自信がないことだった。どう見ても素敵なインテリアではないし、ほめられるような部屋ではない。むしろ、自分の移り気な部分やスタイルの無さが露呈している。部屋は心……。誰がこんなうまいことを言ったのだろう。

でも、部屋が心だとすれば、心のアラをすでに知られている相手には、部屋を隠す必要もないのである。というか、そろそろこのへんで部屋に人を呼ぶことをやっておかないと、もてなし上手な老婦人にはなれないに違いない。そして私は、なりたいのだった。もてなし上手な老婦人に。

と、老後のことまで考えた上で「人を部屋に招く」という一大決心をした。そんなに考えないと呼べないのか、と衝撃を受ける方もいらっしゃるかもしれないが、私と同じくらい重い心の扉の持ち主ならば、わかってくれると思う。

さぁ、そうなるとまず大きなネックになるのが、「料理が苦手」という事実である。もちろんまったくできないわけではない。一品か二品なら、出せないこともない。でも料理を出すとなると、ただでさえ高い「人を呼ぶ」という行為のハードルがさらに上がってしまう。これはもう見栄を張らず、買って済ませることにした。幸い近所には商店街があるし、デパートの地下でちょっとおいしいものでも買ってきて持ち寄れば十分だ。あとはようやく去年買ったお客様用の箸置きとお箸をセットして、グラスを置いて、ビールを冷やしておくだけ。

買ってくるものは、魚屋さんにおいしいお刺身があればそれにしたり、近所でこれはおいしいなと思うものにする。デパートで普段はなかなか手が出ない、ちょっと高いお総菜を買ってみるのも楽しい。手に入りづらい食材を使ったものを食べたくなって、この前はパクチーのサラダを見かけて買ってみたのだが、すごくおいしかった。「これ、ちょっと長くないですか?」というくらい長い生春巻があったり、同じようなトマトと水牛のモッツァレラチーズのカプレーゼをいろんなお店が出していたりして、どこで何をどれだけ買うか悩ましいが、面白い。

理想の部屋まで何マイル? MILE 10

この、もてなしとはとても呼べないもてなしをする家での集いは、思いのほか快適だった。なにせ、私にとっては自宅なので、お客さんが来ていても自然とくつろいでしまう。お客さんとして来てくれる人も気心の知れた人たちなので、私のベッドでゴロゴロしたり、床に寝転がったりしてくれる。大学生の飲み会みたいな光景だが、大人が人前でこんなだらしない状態になるのはまれである。酔っぱらっても全然大丈夫だし、なんなら居眠りしてくれてもいい。何より、人前でこんな状態になるのに抵抗がある私が、友人たちが思いっきりだらけてくれるおかげで、自分もお腹を見せてゴロンとなることができたことが小さな衝撃だった。普段、緊張しすぎる方の自分がこんなに、動物園の猛禽類ばりのだらけた状態になるなんて……。コタツを挟んでほぼ川の字になって寝そべり、DVDなんか観たりして、そのラクなことといったらたまらない。どんな個室飲みも、家にはかなわないと思った。

部屋は心なら、部屋の扉は心の扉。私はそう言いたい。部屋の扉を開ければ、心の扉も開く。狭い部屋でも、まとまりのない部屋でも、それが自分なのだからもう見せてしまえばいいのだ。ほんと、普段から人を家に入れている人にとっては「何を言ってるんだこいつは」というレベルの話だが、こんな小さなことでも私には本当に衝撃だったし、大きな変化だったのだ。

そして、人を家に招いたりするようになってから、変化がもう一つあった。それは、自分も人の家に行くのが平気になったのである。お呼ばれに何を持っていけばいいか、どうすればいいか、自分の家に人が来てくれるようになると、お客さんが持ってきてくれて嬉しかったものもわかるし、自分が用意して好評だったものもわかる。何より、たいしたことはしなくていいんだと肩の力が抜けた。

こんなことで気づくのも変な話だが、これまで私は部屋について、家具を買うことも、引っ越すことも、なんだか取り返しのつかない大きなことのように捉えていたところがあった。けれど、そんなにたいしたことではないと思うようになった。大失敗をして部屋の通路が塞がるような大きな家具を買ってしまったり、カーテンが全然合わなかったりしても、笑ってもらえばいい。ちぐはぐな服で出かけてしまう日があるように、部屋だって別に完璧じゃなくていい。完璧な状態じゃなければ見せるのが恥ずかしいと思っていたら、いつまでも人を部屋に入れることはできなかっただろう。

今あるもので、できるだけ感じ良い部屋にまとめて、今持っているもので、できるだけ感じ良い服装をして、あるものでなんとかしながら、新しいものを取り入れたり、どれかを買い替えたり、そういうふうにしながら、なんとかやっていくものなのかもしれない。完璧な状態なんて、ずっと来ないのかもしれない。私は今はそのことが、あまり悪いことのようには思えないのだ。

文=雨宮まみ

雨宮まみ

ライター。編集者を経てフリーのライターになり、女性としての自意識に向き合った自伝的エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)を上梓、「こじらせ女子」が2013年度の新語・流行語大賞にノミネートされる。 著書に、対談集『だって、女子だもん!!』(ポット出版)、『ずっと独身でいるつもり?』(ベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)など。

プロフィール写真=松沢寫眞事務所 / イラスト=網中いづる

「モチイエ女子project」公式Facebookページ「モチイエ女子Park」
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