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「モチイエ女子」、ありだと思う。

つい最近まで、女性がひとりで家をもつって
ごく少数派で、ちょっと変わってると思われていた。
マイホームをもつことは、家族の幸せと考えられていた。

いったい誰がそんなことを決めたんだろう。

女性が家をもつって、あんがいあたりまえじゃない?

そんな声が聞こえてきそうなほど、
今、ごくフツーの女子たちが、じぶんの家を買う時代になっています。

家というホームグラウンドを手に入れ、
これまで以上にパワフルに、イキイキと輝いてる「モチイエ女子」。

そんな新しい女性たちが増えれば、この国はもっともっと元気になるから。
なによりそんな未来が、素敵でおもしろそうに思うから。
私たちはこの「モチイエ女子project」を通し、
その生き方、あり!と宣言します。

モチイエ女子web

山内マリコ連載 きょうも家から出なかった

大したことは起こらないけれど、家にいられるだけで充分幸せ。山内マリコが綴る“家から出ない日”の日記。

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Mar. 2019 ランは宇宙、リビングのごみ箱、年に一度のチョコレート。

3月某日

外は暖かい日も増えて、確実に春に近づいている。しかし家の中でそれを実感することはとても難しい。なぜなら部屋があいかわらず寒いから。わたしはいま住んでいる賃貸マンションの部屋を心から愛しているけど、築年数が30年超えでいろいろ旧式なせいか、室内の寒さはなかなかのもの。とにかく部屋が寒いので、いつまでも春の訪れを実感できないのだ。

なので、自宅の中にいるときに適温の服装で外に出て、一人だけ汗だくになっていたりする。先日も、街ゆく人がもうトレンチコートを着ているので驚いた。わたしはウールのコートの下に、分厚いニットのアウターを重ね着しているというのに…。ものすごく暑くて苦しかった。帰りはニットを紙袋に丸めて入れた。服装がおかしいのは部屋が寒いせいだ。

山内マリコ連載 ”きょうも家から出なかった”

部屋は寒いのに、室内で(夫が)育てているランは今年もちゃんと、見事に咲いた。園芸ファンのうち、ランを趣味で育てている人がいちばんマニアックという勝手なイメージがあるのだけれど、愛好家たちの気持ちがちょっとわかった。ランよ、君は美しい…。なんていうか、ひれ伏したくなるタイプの女。ちょっと妖しく、花のなかでも造形の摩訶不思議さが群を抜いているのだ。

触肢のようなものがにょきにょき伸びてきて、その枝状のものが部分的に膨らみだし、膨らみはいつしか完全につぼみとなり、3月のはじめ頃、そのつぼみがバナナの皮でもむくみたいにめくれ、パァーッと花を咲かせる。色合いの繊細さと形の奇妙さは、「宇宙…」って感じで息をのむ。

ベランダで栽培しているヒヤシンスの方もすっかり満開。「収穫だ~」とか言ってよろこびいさんで茎を切り、器に活けていたのだけど、いまものすごく後悔している。ヒヤシンスの球根はちゃんと管理すれば、2年目以降も花を咲かせられるらしいのだ。その際、マメに花殻を摘んで、茎と葉っぱが枯れるまで放置するのがコツとのこと。茎を切ってしまうとそこから雑菌が入るため、NGなんだとか。

でもまあ仮に、茎を切らなかったとしても、このわたしがヒヤシンスの球根をいいコンディションで管理できるとは思えない。わたしは植物を育てることに関してとてもカンが悪く、明らかにガーデニングには向いていないので。でも、ヒヤシンスを今年限りと割り切った場合、けっこうな数の球根を捨てることになる。えぇ~!? 捨てるの? いやだな。植えたらまぐれで咲くかもしれないのに。でも、狭いベランダには置いておく場所もないし。うーん、うーん、これも実家に送るか?

若かりし頃、増えすぎたビデオテープやCDや本をみかん箱に詰めて、実家という名の無限コンテナ倉庫によく送ったもんだけど、いまやガーデニングの残骸を送ろうとしているとは。ひどいな。(……送ろうとしているだけで、まだ送ってないです!)

山内マリコ連載 ”きょうも家から出なかった”

3月某日

形が気に入って買ったものの、長いこと用途が浮かばなかったかご。筒状に丸めたポスターを立てるなどして、なんとなく見せる収納(?)に使っていたかごを、ある日ひらめいて、ごみ箱に転身させてみた。

山内マリコ連載 ”きょうも家から出なかった”

実はうちのリビングにはごみ箱がずっとなくて、いちいちキッチンまで行って、戸棚に隠してあるごみ袋に捨てていたのだ。慣れてしまえば別に面倒でもなかったんだけど、リビングのテーブルの下にぽんとこのかごを置いてみたところ、めちゃくちゃ便利! 口をぬぐったティッシュをポイ、お菓子の包装紙をポイ、すごく便利だ。リビングにごみ箱を置かないなんてどうかしてた。

人生ベストごみ箱はこれだー!と勢い余って、仕事部屋のごみ箱も同じものにしようと思いたち、ネットで探すと普通に在庫があったので購入する。以前はロボット掃除機を作動させるたび、「邪魔だな~このかご」と思っていたあの厄介者のかごが、こんなに輝く日が来るなんて。まさか同じものを追加注文する日が来るなんて。人もものも、適材適所ですね。

3月某日

ピンポンが鳴り、宅配便が届く。受け取った荷物の宛名は夫だけど、荷札に品名がバッチリ書かれているので中身はモロバレだ。来た来た、ホワイトデーのお返しが来たぁ~。

レザン・ドレ・オ・ソーテルヌという、とても名前を憶えられる気がしないメーカーの、貴腐ワイン用のぶどうの粒をチョコでコーティングしたものが死ぬほど好きだ。あれば無尽蔵に食べてしまうのと、このチョコを食べることに特別感、非日常感がほしいので、わたしは数日前、夫に宣言した。「今年からホワイトデーのお返しはこの貴腐チョコをちょうだい。わたしが貴腐チョコを口にできるのは年に1回、ひと瓶だけに限るって決めたから。それによって貴腐チョコの希少価値を高めるの(自分の中で)」

山内マリコ連載 ”きょうも家から出なかった”
山内マリコ連載 ”きょうも家から出なかった”

そうして夫は、言われたとおり貴腐ワインチョコをネットで注文したらしく、届いたという次第。お礼も言わずに勝手に開け、取り出しやすいようにガラスジャーにブシャーっと移し、コーヒーのお茶請けにしてパクパクパクパク、パクパクパクパク、パクパクパクパク……。実は届いたのが3月12日だった(そしてすぐ開封した)。ホワイトデー当日までに貴腐チョコ、残ってないだろうな。

3月某日

わたしはタイツに関してはミニマリスト。秋口に、気に入っているメーカーの黒いウールタイツをごそっと買い、2足をローテーションさせて、かかとに穴が空いたらダーニングで繕い、限界が来るまで履き倒すスパルタ方針を貫いている。この冬を、たった2足のタイツでやり過ごせるかもと思ったが、終盤になって限界が来てしまった。渋々、3足目のウールタイツをおろす。ワンシーズン履きまくったタイツに慣れていると、新品のタイツの肌ざわり、あたたかさ、適度な締めつけ感に感動してしまう。わたしはなにをそんなにケチっていたのか……。

3月某日

ついにこの日が来てしまった。半年の期間限定連載として日記をつづってきたけれど、今日が最後である。そして、わたしが恐れていたことが起こってしまった。金継ぎ教室に、ついに行かなかったのである。

連載1回目の9月の日記で、急須の口が欠けたから、そろそろ金継ぎ教室に行って直したい、みたいなことを書いた。書くことで自分にプレッシャーを与え、金継ぎ教室という、わたし的にはハードル高めな場所に行こうとしていたのだ。10月、わたしは金継ぎ教室に行かなかった。11月、行かなかった。12月以降は、その報告すら日記に書かなくなった。 そしてついに3月。わたしは金継ぎ教室に、行かなかった。口が欠けた急須、真っ二つに割れた小皿、ふちが欠けてる無数の皿たち。直すべきものがどんどん増えていく…。去年の9月、金継ぎ教室の話を持ち出したときから、「最終回は直した器を並べて写真に撮ろ~」とか思っていた自分が恥ずかしい! ああでも、それがまぎれもなくわたしという人間なのである……。

山内マリコ連載 ”きょうも家から出なかった”

なぜ金継ぎ教室に行かなかったのかというと、できればずっと家にいたいから、としか言い様がない。そのくらい、家が好きなんです。いずれわたしも、マンション買ったり家建てたりする「モチイエ女子」になって、家といちゃいちゃして過ごしたいな。

文=山内マリコ

山内マリコ

作家。1980年富山県生まれ。2008年「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。2012年刊行のデビュー作『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎文庫)が映画化され、4月24日Blue-ray&DVD発売。近刊に『あのこは貴族』(集英社)、『メガネと放蕩娘』(文藝春秋)、『選んだ孤独はよい孤独』(河出書房新社)。3月14日に新刊『あたしたちよくやってる』(幻冬舎)発売。

イラスト=戸屋 ちかこ

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