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「モチイエ女子」、ありだと思う。

つい最近まで、女性がひとりで家をもつって
ごく少数派で、ちょっと変わってると思われていた。
マイホームをもつことは、家族の幸せと考えられていた。

いったい誰がそんなことを決めたんだろう。

女性が家をもつって、あんがいあたりまえじゃない?

そんな声が聞こえてきそうなほど、
今、ごくフツーの女子たちが、じぶんの家を買う時代になっています。

家というホームグラウンドを手に入れ、
これまで以上にパワフルに、イキイキと輝いてる「モチイエ女子」。

そんな新しい女性たちが増えれば、この国はもっともっと元気になるから。
なによりそんな未来が、素敵でおもしろそうに思うから。
私たちはこの「モチイエ女子project」を通し、
その生き方、あり!と宣言します。

モチイエ女子web

山内マリコ連載 きょうも家から出なかった

大したことは起こらないけれど、家にいられるだけで充分幸せ。山内マリコが綴る“家から出ない日”の日記。

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Feb. 2019 ヒヤシンス、日曜画家、香港のお茶の日々。

2月某日

東京に雪が降ったそうだ。「そうだ」と半信半疑なのは、このところまたひどい昼夜逆転生活になってしまって、昼過ぎにカーテンを開けたら雪っぽいものが積もってはいたのだが、霜? くらいに見えなくもなかったから。朝はもっと積もっていたのかもしれないなと、いまひとつ雪量に確信が持てない。

ベランダのプランターの土に、かき氷状の固そうな氷のつぶがうすく積もって、球根たちが見るからに冷え切っている。賃貸マンションの狭いベランダでむりやりガーデニングをはじめて早3年。今年は春に向けてチューリップとヒヤシンスにWチャレンジ中で、チューリップの芽はまだ小指の先くらい。苗で買ったヒヤシンスの方は、花が開くまであともうちょっとというところだ。

山内マリコ連載 ”きょうも家から出なかった”

それにしても、狭いベランダで土をいじるのは本当に大変。使い込んだ土をふるいにかけ、傷んだ根っこをちまちま選って捨て、天日干しする作業はとりわけ過酷で腰にくる。びっくりするくらい腰が固まる。四十路前の腰の固まりやすさといったら、光をあてられたジェルネイルのごとしなり。

なのでできればやりたくないくらいだが、でも花がないとつまらないので仕方なくやっている。去年の秋の終わり、ずるずると咲いている朝顔と夕顔を撤去して、土を少し休ませてからリサイクルしようと算段していたものの、土の中からコガネムシの幼虫がぼろぼろ出てきたりで(ギャー)、土の状態がそうとう悪そうだった。それでしょうがなく、おニューの土を買った。

おニューの土はすごい。見るからに栄養ありげで、水をやるとぐんぐん吸う。本音を言えば、新しくなにかを植えるたび、おニューの土でやりたいくらいだ。実は古い土をゴミ袋に入れたまま放置してあり、この冬ずっと見ないふりを通してきた。土って、捨てるのが案外むずかしいのだ。まとまった量の土となるとなおさら。どうしようか、この土。いっそ実家に送っちゃおうかな…。

2月某日

去年の12月はチチモの一周忌だった。チチモとは、わたしが二十歳のころから飼っていたサビ猫で、享年16歳。大学生のころのわたしも、京都でぷらぷらしていたわたしも、東京にやってきて腐っていたわたしも、作家になって忙しい人間になってしまったわたしも、チチモはすべてを見てきた…。

そのチチモを亡くし、この1年失意のドン底にいたかというと、そうでもなかった。チチモは見た目も中身も若いまま、キュートでお茶目でわがままな美魔女として老年期に入り、最期の半年、相変わらず気位は高いまま、毎日階段を一段ずつ降りるように弱っていった。なので自然と、もう長くはないんだなと感じていた。

それに猫の死はこれがはじめてじゃない。京都に一人暮らししていた20代のとき、まったく予期せず猫に死なれたことがあって、そのときはショックのあまり東京に引っ越した。ところがもう若くはないわたしは、親並みに大事なチチモの死に際しても、あのときほど取り乱すことはなかったのだった。

山内マリコ連載 ”きょうも家から出なかった”

そしてこの1年、わたしはチチモをポップに弔いつづけてきた。

ありとあらゆるオーダメイドのペットグッズ屋に注文を入れ、チチモグッズを量産しはじめた。写真を転写したチチモクッション、最高級ジャカード織チチモクッション、実物大ぬいぐるみチチモ、チチモネックレス、チチモキーホルダー、チチモの刺繍ブローチ、チチモのビーズポーチ(製作中)…もともと手元にあったチチモの土人形、陶製チチモ、石猫チチモなどとともに、部屋が一大チチモランド状態。もちろん写真も無数に飾っている。

それだけでは飽き足らず、ついにわたしはチチモを描くようになった。きっかけはEstyで買った、サビ猫専門作家によるサビ猫プレート(猫型にカットした板にアクリル絵の具でサビ猫を描いた、使いみちのない純粋な飾り。おそらくはアメリカの猫おばさんが作り出した、オカンアート的な趣味の産物)。そもそもサビ猫は、トラ猫や黒猫なんかと違ってグッズが圧倒的にないので、専門家による手作りの品を掘りだして買ったのだった。けれど、サビ猫は柄行きが本当に猫それぞれ。とりわけチチモはサビ猫界随一のチャーミングな鼻筋を誇る。プレートの猫はまったくチチモに似ていなかった。それで、その板を勝手に上書き修正して、チチモに寄せたのである。

山内マリコ連載 ”きょうも家から出なかった”

板の修正のためにわざわざアクリル絵の具を買ってしまったので、せっかくだからとキャンバスを買い込み、なにか描くことにした。といっても、わたしは絵がすごく下手なので、基本は名画からの盗作である。色づかいや構図をまんまトレースして、主役の猫だけ愛しのチチモにすり替えるのだ。これまで模倣したのは、熊谷守一の猫、長谷川潾二郎の猫、そして藤田嗣治の猫。デヴィッド・ホックニーが愛犬をひたすら描いた本を見て、タッチを真似て描いたチチモ、など多数…。

このままチチモだけを描きつづけて、60歳くらいになったら個展を開く予定。

2月某日

数年前にニューヨーク旅行したときのマイレージの期限が切れそうだったので、あわてて計画を立て、香港に行ってきた。出発数日前に、『恋する惑星』を90年代ぶりに見直し、1950年代のザ・香港・ムービー『慕情』も観て、準備万端、飛行機に乗った。そして3泊4日の旅はあっという間に終わって日本に帰ってきた。

香港はどんな街だったかというと、可愛いものを探すのが非常に困難な街、だった。魅力的なものはいろいろある、けれどそれらは日本の雑貨ように在庫管理されてはおらず、「あーまたここにもあるじゃん」というわけにはいかない。わりと本気で探さないと、おいそれとは買えない場所に、眠るようにして売られているのだ。

基本は『地球の歩き方』、サブテキストに女性ファッション誌の香港特集、さらにブログ情報、Google Mapの☆情報などを総動員して、なんとかつかんだ可愛いものがこの、ペニンシュラ柄のティーセットである。この大きなポットに、香港旅行史上に燦然と輝くいい思い出をくれた、福建茶行というお茶屋さんで買った鉄観音烏龍茶の茶葉を入れ、エンドレスに飲んでいるときが、最近の至福のひととき。これを書いているいまもちびちび飲んでます。

山内マリコ連載 ”きょうも家から出なかった”

香港から帰ったとたんに、もっと香港のことが知りたくなった。中国返還前の香港の空気がビリビリ伝わってくる最高のノンフィクション『転がる香港に苔は生えない』(星野博美/文春文庫)と、かつて香港にあったあのスラムをレポートした『九龍城探訪~魔窟で暮らす人々~』(イースト・プレス)を読む。いずれもページを開くたび、香港がいちばん香港らしかった時代は、はるか昔なんだなぁと感じて、ちょっとさびしくなってしまう。香港名物の道路にはみだした看板も、老朽化の影響か、すでに多くが撤去され、ずいぶんおとなしくなっていた。ビルの屋上をかすめて着陸する壮絶な光景で知られた啓徳空港も、もうない。一度あのスリルを味わってみたかったなぁ。

心にぽっかり空いたチチモの穴を埋めようとしているわけではなく、長らくチチモ・ファーストで生きてきたため、こうして気ままに旅に出られるよろこびがひとしおなのは正直なところ。部屋にいるのも好きだけど、もうしばらくは旅行も楽しみたいなぁと思いつつ、チューリップとヒヤシンスが咲くのを待ってます。

文=山内マリコ

山内マリコ

作家。1980年富山県生まれ。2008年「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。2012年刊行のデビュー作『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎文庫)が映画化され、4月24日Blue-ray&DVD発売。近刊に『あのこは貴族』(集英社)、『メガネと放蕩娘』(文藝春秋)、『選んだ孤独はよい孤独』(河出書房新社)。3月14日に新刊『あたしたちよくやってる』(幻冬舎)発売。

イラスト=戸屋 ちかこ

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